ティフィンの微睡み

耽美主義者剣城かえでの原稿進捗。

とても悔しい、散漫。

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載せる写真がないので自著短編集より、ギュスターヴの台詞。三主従の初期の頃の話、エネルギーがすごいなと思います。キチり方も荒削りで笑えると言いますか、、これ書いたのは自分なのだなあと不思議な気持ちになります。

今晩は、緑川です。皆さんはいかがお過ごしでしょうか。緑川はろくにない関わりに疲弊しています。定期的に発症している病気のようなものですが、Twitterをやめたい。疲れている時って、見ないようにしていても、勝手に動いてくれるタイムラインを見て何かしている気持ちになってしまうのが良くないと思っています。苛々するだけなのにね。即売会の宣伝をやっていないと何にも使えない。

ただの僻みでしかないとは承知していますが、交流大手の人はやはり即売会でも強いなと思ったり、交流を楽しんでいる人とは温度差を感じます。私とは住む世界が違う方なのだな、って。何もしなくても誰かが自分の書いたものを宣伝してくれるって凄いなあと思ったり、そう言う方と話したことがあっても、そんなに応援してくれてる人がいるなら私のおすすめとかレビューなんていらないよねとアプリを閉じたりしている。 自分の書いたものをほかの誰かが宣伝してくれるって言うのは、一体どんな気分なのだろうか。

受け入れられやすいものや、共有しやすいものをテーマにしている方が、とても羨ましい時があります。でもそこは、私の頑張りが、伝えたいと言う気持ちが足りないだけだと、今はそう思っています。どうしたらもっと読んでもらえるのかな。でも、書くことを、認められたいという欠乏感のようなものを埋めるものにはしたくない。

自分が好きなものを書くしか私にはできないから、自分が書ける範囲で読み手の寄り添えるようなものを目指したいけれど、読み返した三主従の古い原稿のパワーには、読み手を意識することとは別の力があって、方向性が揺らいでいる。

余計なものを、今は見ないようにしようと思う。私は見たところで、ほかの誰かが頑張っていたって、私も頑張ろうと影響を受けるようなタイプではないんだ。いい影響を受けていられればいいけれど、何故か私はそう思うことがない。

 

とりとめがない。これ以上書いたら暗くなってしまいそうだ。もう十分暗いかもしれないけれど。

一言で言う。私はきっと、今とても悔しいんだ。

 

緑川