ティフィンの微睡み

耽美主義者剣城かえでの原稿進捗。

決めていた予定を捨てて

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◼️のんびり。

昨日の夜から疲れが出たり、個人的に悲しいことがあったりして、今日はアラームを設定せずに、目が覚めるまで眠っていました。それでも起きたのは8時でした。こんにちは、剣城です。皆さんはいかがお過ごしでしょうか。私の住んでいるあたりは今日は良いお天気です。写真は使い回しですが、コーヒーと丸いカステラを90度切ったやつ。こんなにゆっくり過ごせている休日が久しぶりなので、なんだか、フワフワした気持ちです。カステラもふわふわしていました。

 

◼️進捗。

・『L.M.D.N.』店主氏とアンナちゃんのはなし。

今週は、なんとなしに『L.M.D.N.』の掌編を書いてカクヨムに載せたのですが、あまり読まれていないようだったので、本編を頑張らないとなあと思っていました……投稿作中心の生活をしていると、どうしても二の次三の次になってしまう短編連作、ネット上だけの発表……『L.M.D.N.』の本編は掌編で書いている麗人の話『ローズ・ロスト』と違って、プロットや資料やら題材など、全部を長編の読み切りと同じくらいの工程と時間をかけているので、今は事実上の凍結状態なのが、『L.M.D.N.』を読んでくれている方に申し訳ないと思っています。今にちゃんとした形で、長く発表できる代表作にしてみせますから、私をもう少し待っていただきたいです。待っていただける作家であり、何も待たない作家でいられるように、精進いたします。

 

・麗人の長い話の初稿を試し刷りしました。

投稿用の麗人の長い話は、前回の記事で書いたとおり、入力が終わりました。レポート用紙原稿で101枚だったので、そこそこの長さかなと思いつつ、今日の午前中に応募用の形式につくったフォーマットに流し込んでみたら……なんと、約10枚ほど、規定枚数に足りませんでした。これから推敲作業に入りますが、加筆は難しいので、直しながらもっと書いても支障がない場面を見つけていかないとと思っています。消すのは簡単なのですが、蛇足にならないように加筆するのは難しいのですよね

 

・他のこと。

長く着たいと思っている話のノートを書いたり。ちまちまと、時間が取れるときに進めていることもあります。基本は麗人掌編原稿作業と投稿用のものですが、気分によって変えています。

 

◼️お手紙を書きたいと思った話。

唐突に手紙を書きたくなったのですが、手紙という文章はもらってくれる誰かがいないと成立しない趣味なのが難しいところです。そんなことを考えていたら、お手紙のようなメルマガでもやってみたいなという思いつきに至りました。

メルマガのツールを調べてみたら、今はビジネス向けにいろいろあるのだなあと思いながら、でも有料のツールを借りるほどの規模でもないと思いながら、候補を探しています。

メルマガそのものは、まだSNSをやっていなかった頃に簡単な 更新通知メルマガを発行していたのですが、そういうのではなくて、短い手紙のような読み物(小説とエッセイの間のようなものを今はイメージしています)をお届けできるようになれたら楽しいだろうなと思っています。

今は、またオンライン活動に力を入れて分母を増やしていくことを頑張っているので、それの進み具合とお手紙に何を書くかなど、方向性が決まったら始められるように、書きたいことの準備をしておこうかなという気分です。

 

◼️努力している人はやはり素敵だと思った話。

最近、私が帰路的な年齢に差し掛かっているからなのかなとも思うのですが、今までずっと関わってきた人たちとの距離感が、難しく思うことが増えました。私が成長しただけだと思うのです。周りの皆は誰も悪くない。

今まで関われていた人たちと、今までのように関わることに疲れを感じることが増えました。元々私は一人でいることが好きなので、じっとしていることは苦ではありません。広義の「友人」という存在を必要としていない類の人種がいるとしたら、私はきっと、そうなのかもしれません。

友人であろうとただの知人であろうと、私は「互いに与え合えるようなつながりでいる」ことを大切にしています。逆に、それができない、成立しない方と話していると、とても疲れるのです。

嫌な奴だと思われることを承知で言うのですが、高め合えない相手は、私にとっては時間と体力泥棒ですし、心のエネルギーヴァンパイアです。

自分がそう思うからこそ、私に関わってくれる方には楽しく思って欲しいし、共有した時間をいいものだと思って欲しい。自分が嫌う類の存在には、なりたくないのです。

健康なつながり、与え合える関わりを持つには、私は「何かに対して努力している自分でいる」ことが必要だと思っています。勿論、努力だけしていればいいとか根性論の話ではなくてです。頑張れることがある人はやはり格好いいですし、美しいです。私が興味がなくて知識がないジャンルのことに没頭している人と関わったとしても、努力していることがある人には、常に見習って学んでいたいと思うのです。

何かと理由をつけて何もしないひとは、結構多いと思います。私は最近の自分を、時々行動不足に思うのですが、その私よりも行動していない人と話すことがあるときに、私ばかりが行動につながる励ましを贈るだけになっているような気分になってしまったりすることがあって「一人は気楽だ……」というよく分からない境地に落ち着いたりします。笑

自分がそんなふうに思われないように頑張っていこうと、反面教師という言葉は嫌いですが、自分が「美しくない」と思ってしまうような状態には陥らないように気をつけなければなと、答えのないことを考えていました。

結局何が言いたいのかというと、他人にこう思われたくないというのは二の次なのです。

自分が望まない姿の自分になってしまうことは私の美的感覚が許さないから、自分を客観視する力を養い、どういう存在でいたいかを大切に考えていこうと思いました。